続・曖昧は続かない

水槽のクジラ(vo.gt)

さわらないでね

 

ふと、やさしいからだ という漫画の最終話を思い出す。大気汚染が進んで人類が皆薄い膜の羊水入りのスーツに身を包んで暮らしていて、それを破ってしまえば生きてはいけない人たちのお話なんですが、この羊水入りのスーツは今の僕に置き換えれば「水槽のクジラ」だったんだなと、思う。守られていたんです。バンドは青春で、出来上がった青春の檻が僕をやさしく守ってくれた。そして僕をやさしく閉じ込めていた。

 

この漫画の最後、男の子が意中の女の子にスーツ越しではなくて直に触れたいと気持ちを伝え、スーツを着替える羊水室(外気の触れない、いわゆる無菌室のようなところ)に2人で入るのですが、羊水に浸って全身粘膜のようになってしまった身体は触れれば傷付くしかないくらいの状態になってしまっていて、触れる事に怯える、ってところでお話は終わるのだけど。

 

僕も同じように、 怖かったんです。青春の檻を壊すことが。

 

青春は化け物で、結局僕を在りたい形に保ってはくれるものではなくて 気付けば彼らのように全身が粘膜のようになっていたのだと思う。今だって、粘膜は乾けどもケロイドになりきれないままの肌、なんです。

 

僕は今、どんなかたちを成しているかは分からない。

自分で自分の姿を見ることは出来ないのが悲しい。鏡はいつだって嘘をついているし、ほんとうのかたちを教えてはくれない。だからせめて君の目に映る僕が、少しでもうつくしいもので在れたらと願うばかりです。