続・曖昧は続かない

水槽のクジラ(vo.gt)

2019_新年の雑記

 

年越しが毎回苦手だ。世のせわしなさに頭と身体がバラバラの動きをしてしまう感じがあってつらい。

そして何より年始にインフルエンザにかかってしまった。完治はしたが、未だに生活のペースを取り戻せなくてこんな時間(1/11 am4:30)に思い思いに雑記をしたためている最中です。

去年末は忙しすぎて何かを振り返る間も無く新年になっていた バンドがしっかり動いてたときよりも忙しかった気がする。

 

最近のことを話すのなら、僕は今フリーのレコーディングエンジニアとして、そして某所で作曲の仕事をして生活をしています。ほぼ自営業のような。故に自分で仕事の終わりを作らなければならないのだけど この生活を続けていて自分で時間の管理するのが本当に苦手な人間なのだと感じます。時間管理屋さんがほしい。でもがんばる

 

バンドのこと、水槽のクジラの方は動けてなくて もし色々な期待をしている人がいたらごめんなさい。近々少しだけ良いお知らせができると思います。期待していただけると幸いです。

他に色々水面下で動いていることもあります。春先くらいにはお話出来ると思います。

 

僕は今もただひたすら音楽に携わっていて、バンドという形態でやる音楽が面倒くさいことばかりでも、やはり好きなんだと感じる。それだけです。

 

 

 

駆け足で書いて、寝落ちしてしまって今に至っている。

文章に残さないと忘れていくことばかりなので、こんな感じでつらつらと連ねていきたい所存です。

 

 

そして新年の挨拶をしていなかった。

あけましておめでとうございます。今年は虚勢も虚飾もなく、飛躍の年にしていきます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

おんなじこころ

 

ここ数日所謂「同属性」の人と話すことが多くなった。

今までの環境は身の回りに同じ属性の人がほぼいなかったと思う。いや、いるのだけど 言葉の周波数は違ったりその質感の違いというのは対象の距離が近ければ近いほど大きな差としてそこに存在してしまうと感じる。

 

僕を形成する上で重要な、高校の頃の同級生がいる。

23歳くらいの頃までよく会っていた彼女はその「同属性」で、音楽とか思想とか本人には言っていないけど多大な影響を受けてきた。勘が良くて諦念持ちで不器用で、人生つらいと言いながらもちゃんと生きようとする人でした。

かたちをかえたとしても、根幹に残っているのは彼女と過ごしてきた無色の青春なんだと思う。

 

近頃会う人々と話すことも、同級生とよく会って話していた頃への回帰を図らずともしているような状態なのだと気づく。自分のパーソナルなものの再認識をしたかったんですね。自意識のリハビリって感じ。

 

この「同属性」の友人たちもこれからかけがえのない存在になっていくのでしょう。

むいていない

 

人間、向いてないこと あるよね

僕は一般社会の生活に心底向いてない 

割と人との対応出来るし ちゃんとすればちゃんと出来ると思っていましたけど、まやかしでした

だから音楽しかない、みたいな思考は嫌なんだけど結局ここに行き着いてしまうのだな と思う

まもっている

 

あらゆる気持ちをオフにしてまで守りたい自分がいる 自分の思う 人を愛するって気持ちは間違ってるのだと思うよ 自己愛の裏返しだから ほんとうのこころが欲しいだけのぬいぐるみと僕は何も変わらないような気さえする

あらいもの

 

かなしいことはグラスの底によく溜まる

丁寧に洗ったつもりでも、そんな気がしてただけなんだな 汚れも匂いも もっと上手な取り方があるのにな

 

と 普段使っているタンブラーを洗っていて思った。

僕は洗い物があんまり上手ではないみたい。

雑記_1

 

・疲弊しきった身体から出て来る言葉ってのはすんごいフラットだ 自分の言葉ながらにハッとする 

 

・もう僕の人生に関わる事が無くなった人の影が見当たるはずのないところでちらついた。その影を見つけた僕はそれを拾って帰りたい、なんて。未だこの白いTシャツの裾を小さな重力に打ち付けられていたことに気付くのだ。ああ恥ずかしい!

 

・掛け値のない友人と飲んだ 元メンバーもいるしアレだけど 彼は友人というポジションなのかはすごく難しいけど でもみんな健やかに幸せをつかんで生きて欲しいって気持ちだけは本当だ。嘘がないって事だけが僕らを正しくここに立たせてくれる。これからもそう在る。