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続・曖昧は続かない

水槽のクジラ(vo.gt)の西田です。これは日記

「かたちのおわり / かたちをかえて」のおはなし (前編)

  

 

「かたちのおわり / かたちをかえて」解説前編です。
今になってやっと客観的に見れるようになったので、これが楽曲に対しての本心。当時恥ずかしくて言えなかった事もちゃんと喋れた、と思います。

 

楽曲だけを聴いていたい、などあまり自分の中のイメージを汚したくない方はここで戻るボタンなりホームボタンを押して戻るのがいいかも知れない。です。

 

 

 

 

 

 

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「いずれまた春に」


お別れの歌、かたちのおわりの歌、です。

MVのおかげで、異性とのお別れの曲のように思う人もいるのかも知れないですが、恋的要素以外の関係性であったり、環境であったり、様々なお別れについても、気持ちとしては歌っています。

 

過去にもお別れの歌はあったけど、それはもっと、悲しいものを悲しいと訴えかけるだけの、拙くて、何にも捨てきれなくて、挙げ句叫び散らしてしまうような、21歳の頃の歌だった。手放しでも廻る季節 という楽曲。

 

この頃から時間が経って、僕の僕である要素、みたいなものが宙ぶらりんになってしまって一時期精神がどん底に落ちていた。自分のかたちを見失ってしまったのだと思う。

そういう時期には色んな事がマイナスに働いてしまう、故に切りたくない関係を切ってしまうような出来事があった。

 

その出来事から、半年くらい経ってからこの曲の原型が出来たのと同時にこの一節が浮かんだ。

 

 

「いつのことかもう 思い出せないくらい 僕は変わっていく あなたも変わっていく」

 


悲しいかも知れないけど、そういうことだと思った。どうしたって、変わってしまうね。

 

…そして、僕はこれを悲しい事と思わなくなった。思えなくなった。
それは感性の死なのか、色々な事に鈍感になってしまったのか。

 

それでも僕は、後悔だとか杞憂に取り憑かれたまま生きるくらいなら、それでいいと思いました。
互いが向かうべきところで生きて、この歌の中の人とはもうきっとわかり合う事は出来ないのだと思うけれど。

 

かたちのおわり、とは僕なりの肯定の仕方です。
僕はずっと昔から、ただ励まされるようなモノには何も感じないような人間だったし、僕と同じような人に響いて欲しい。こういったものが必要な人はきっといる。

 

拙い言葉かも知れないが、今をどんなかたちであっても生きようとする事、それが一番美しい事だとぼくは思う。望まないかたちで、溺れたりしないように。

 

 

 

 

「からのそら」


無意識に人のこころを傷付けたりして過ごしていて、その癖上手にその気持ちに対して水をやれなかった、なんて独りよがりな気持ちを振り回した、なんて男根的な歌なのだろうと、思います。
いつだって体温にばかり許しを求めてしまっていたんです。そこに全てがあるとも思っていた。
我ながら、酷く情けない人間です。

 

技術面、と言うか楽曲を制作する際のコンセプトとしては

 

・今まで疾走感ある曲が無かったからそういう曲を作ろう!
・今までのクジラっぽくない曲を作ろう!
・雰囲気明るくいこう!

 

ってとこから始まった曲です。
いい具合にやりすぎず、いいバランスで完成まで至った曲だと思う。
そのお陰かライブで演奏することも多い。


個人的に、音源のミックスが一番好きな楽曲です。録りも良かった。
何だかんだで好き。

 

 

 


「残暑に枯れゆく」


僕が知る限りで、一番美しかった人の喪失の歌です。
といっても、当時は気付けなかったんですが、その美しさに。


中学生の頃の記憶で、いろんなモノが靄がかってはっきりしないけれど、その人の葬儀の時はボロボロに泣いてしまった記憶がある。葬儀のときに泣いてしまったのは今の今までを思い出してもこの時だけだった。


ここからとても極私的な話になってしまうが、その人が亡くなってから色んなもののバランスがおかしくなってしまった。
それは家庭環境であったり、身の回りの人間の関係性だったり。

中学生にとって、大体の人は家庭と学校が世界の全てだとぼくは思うんですが (今はSNSやらで違う世界に飛び込んでいきやすいとも思うけど、僕が中学生の頃はギリギリ無かった) そんな前述の例に漏れない人間だったので、その中でおかしくなっていくものに抗えなかった。

僕が割と卑屈に育ってしまったのはこの出来事が引き金、と言うよりは境目だったのかな、と記憶を辿った際に感じました。
喪失したら色々なものが狂ってしまう位、みんなにとって、なくてはならない存在だったんですね。


…この歳になって気づくこと。
振り返ってみてその人の美しさというものは、一貫して強く正しくあれと、生き様で、教えてくれたからなのだと思った。
誰にでも分け隔てなく厳しくて、それと同じくらいに本当の優しさも持ち合わせた人でした。

教えてくれた事を尊守出来てるか、と言われると笑ってごまかしたくなるけれど。
それでも間違いなく僕の中で生きている。今になって記憶を引っ張り出して、気付けただけでもあなたの生きていた意味はあったって思う。

 

なんて、都合が良すぎるかな。

でも、自分の信念を持って強く正しく生きれば、死んだ後も眩しく、誰かの中で生き続けることが出来るんです。僕はそう思っています。

 

彼女を思い浮かべては、それが最後に僕に教えてくれた事なのだと実感します。
記憶は薄れていくものだから、これ以上薄れないように、と楽曲として遺しました。

いつかはもうない、から。


とても大切な楽曲です。あんまりライブで演奏しないんですけどね。

そんなライブで演奏するときは冒頭から爆音出せるから好き。音は何処までもラウドで在りたい。

 


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後編もある。年内には。